ファッション大国イタリアで輝きを放つハイブランド~ヴェルサーチェ~

世界で称賛された個性派ブランド


出典:https://www.fashion-press.net/news/19988

「ヴェルサーチェ」は、デザイナーであるイタリア出身のジャンニ・ヴェルサーチが設立したハイブランドです。多くの方は「ヴェルサーチ」としてお馴染みだと思いますが、2018年に日本語の表記を、よりイタリア語に近い「ヴェルサーチェ」としています。世界で称賛され、一時代を築いたこのブランドが、どのような道を歩いてきたのかをご紹介していきましょう。

小さい頃から縫製業を営む母の影響を受ける

ヴェルサーチェを創立したジャンニ・ヴェルサーチは、1946年にイタリアのレッジョ・カラブリアに生まれました。同地はイタリアの南部に位置していて、ブーツに例えられるイタリア半島の爪先部分にあたります。古代ギリシャ文明の遺跡が多く残る古都でもあり、ジャンニのデザインには、この生まれ育った街の古代ギリシャや古代ローマ装飾の影響を受けていると言われています。
また、ジャンニの母親は10人以上の従業員を抱える縫製業を営んでいて、彼も幼い頃から現場を頻繁に訪れていました。ジャンニは学校を卒業してからの数年間、母親のもとで働いた後に、本格的なファッションを学ぶため26歳のときにミラノへと向かいました。
ミラノではジェニーというブランドでデザイナーに就任。その後はマリオ・ヴァレンティーノのデザイナーなどを経て、1978年に独立を果たすのです。

個性的なデザインで注目を集め、瞬く間にハイブランドの地位を得る


ジャンニ・ヴェルサーチ 出典:https://www.fashion-headline.com/article/13870

1978年に設立されたヴェルサーチェ社は、イタリアらしく創立当初から現在に至るまで、家族の協力により経営されています。社長は兄のサンド、副社長には妹のドナテラが就任して、ジャンニを支えることとなります。
ヴェルサーチェ社の船出は、最初から非常に好調でした。発表されたコレクションは、非常に個性的で、セクシーなカッティング、ゴージャスなプリント、鮮やかな色彩と今までのファッションシーンとは一線を画すものでした。
ファーストコレクションで高い評価を得たヴェルサーチェは、ミラノに第一号店をオープン、その後も全世界的に店舗を展開してゆき、もちろん日本にも直営店を出店しています。ヴェルサーチェが上陸した1980年代の日本ではバブル景気の最中で、ブランド物の服も飛ぶように売れていた時代です。その中でもヴェルサーチェは、ゴージャスなデザインから、好景気の世情にマッチして、非常に人気を博しました。現在40代後半以上の世代の方にとって、ヴェルサーチェは「バブル」というイメージがあるブランドかもしれません。しかし、ヴェルサーチェは、決して見た目の派手さを強調しているのではなく、天然素材にもこだわった高品質な服づくりを実践しているブランドなのです。

順風満帆に拡大していくヴェルサーチェ帝国

1980年代から90年代にかけて、ヴェルサーチェはビジネス的にもブランドの評価としても大成功を納めていきます。81年には香水を発売、翌年には、ジュエリーや日用品のデザインも手掛けるようになります。国際的な賞も、82年にイタリアの婦人服デザイナーの最高賞である「ゴールデン・アイ賞」を受賞、83年にはニューヨークの「カティ・サーク賞」を受賞しました。
映画や舞台の衣装も手掛けていて、映画「ジャッジドレッド」などに参加。また、90年代にはスーパーモデルと呼ばれる、ナオミ・キャンベルやクリスティー・ターリントンなどをショーに起用、個人的にも交流するなど、ジャンニはセレブたちとの活発な交流でも知られています。
この頃には、世界的な知名度も獲得して、「ヴェルサーチェ帝国」などとも例えられるほど、ブランド運営は順風満帆にすすんでいました。しかし、大きな悲劇はすぐそこに迫っていたのです。

悲劇的な事件とブランドの衰退、そして再生へ

1997年7月15日、世界中に衝撃が駆け巡ったジャンニ・ヴェルサーチの殺害事件。この大きな悲劇は、2018年にアメリカでテレビドラマ化され、その内容に遺族が異議を唱えるなど、多くの謎も残されています。ジャンニの死後は、ヴェルサーチェ社も苦境に立たされ、試練の時代を迎えます。

全盛期に殺害されたジャンニ・ヴェルサーチ

ジャンニ・ヴェルサーチが殺害された場所は、彼が毎年バカンスで訪れていた、アメリカのマイアミビーチでした。自身が所有する別荘の入口付近で、アンドリュー・クナナンによって射殺されました。
アンドリュー・クナナンはゲイコミュニティーでは、有名な好青年だったようですが、ジャンニを射殺する数ヶ月前にはほかの殺人も犯して逃亡中でした。ジャンニ殺害後も逃亡しましたが、2週間後には警察に包囲され自殺したと言います。
なぜ、好青年だったアンドリュー・クナナンが突然連続殺人鬼になったのか、なぜジャンニを殺害したのか、その動機はわかっていません。一部には、自らゲイであることを公表していたジャンニとアンドリュー・クナナンが恋人関係にあったとも言われていますが、真相は未だに闇の中にあります。

かけがえのない存在を失ったブランドの衰退と再生

突然ブランドの中枢を失ってしまったヴェルサーチェは、セカンドラインのデザインを担当していた妹のドナテラ・ヴェルサーチがデザイン部門を取り仕切ることとなります。
しかし、家族を失った悲しみと、突然の重責に彼女は実力を発揮できずに、ブランドは窮地に立たされていきます。日本での売上も伸び悩み、2009年にはすべての店舗を撤退させるに至っています。
ただ、ヴェルサーチェには、ジャンニが遺した多くのコンセプトや技術があります。外部から優秀な人材を補いつつ、再生への道を模索、2011年にはH&Mとのコラボレーションで注目を集め、徐々に本来の輝きを取り戻していきます。2015年には日本にも再上陸を果たし、ハイブランドとして再生を果たしたのです。

ヴェルサーチェの人気アイテム

ヴェルサーチェでは、多くのハイブランドと同様にさまざまなアイテムを展開しています。その一部をご紹介していきましょう。

香水


出典:https://my-best.com/5384

ハイブランドでは、ブランドのイメージを表現した香水を発売していることが多くあります。ヴェルサーチェもブランド設立の3年後、1981年には、香水を発売しています。香りの印象は人それぞれですが、ヴェルサーチェの香水の特徴は、セクシーな印象を与えるものが多いと評価されています。
レディースでは、カジュアルなジーンズシリーズ、エレガントなヴァニタスシリーズ、華やかなブライトクリスタルシリーズ、セクシーなエロスフェムシリーズがあります。自分をどう演出するか、TPOに合わせて複数のシリーズを使い分けてみるのも良いかもしれません。

ドレス


出典:https://item.rakuten.co.jp/jordan23/36_73110326_36115907/

ヴェルサーチェの現在のドレスは、ボディコンシャスなものが多い印象です。同ブランドがジャンニ・ヴェルサーチから受け継ぐ、ゴージャスなプリントも人気ですが、シックなパーティードレスもラインナップされています。
2021年のコレクションでは。「エレメントとの調和」をコンセプトに、自然を構成する大地や風、水といったモチーフを設定して、複雑なドレープやビーズ装飾など、高度な技術を駆使して美しさを表現しています。

バッグ


出典:https://shopblog.dmdepart.jp/kyoto/detail/?cd=036613&scd=001294

ヴェルサーチェでは、バッグも人気アイテムのひとつ。色味はシックなものも多いのですが、素材感やワンポイントでゴージャスな雰囲気を醸し出しているのが特徴です。
特に人気があるのが「メデューサ」。同ブランドのシンボル的な存在としても知られる、ギリシャ神話の怪物です。ギリシャ時代の遺跡が多く残る街で生まれ育ったジャンニが好んで使用したモチーフです。
ヴェルサーチェのバッグは丁寧に作られていて、長期間の使用にも耐えることができます。しかし、レザーとナイロンなど、複数の素材が組み合わされていることもあり、メンテナンスには注意が必要です。

ブランドバッグのメンテナンスやリペアにも対応

ブランドバッグは高品質で長期間使用できるのですが、デリケートなものも多く、メンテナンスには細心の注意が必要となってきます。クレアンではブランドバッグのクリーニングから修復まで、多くの実績を積んできました。

多彩な素材やアクシデントにも対応

バッグによって、使用されている素材はさまざまです。例えばレザーでもスムースレザー、スエードレザーなどの種類に分かれています。クレアンでは、バッグ製造技術者がクリーニングや修理を担当していますので、さまざまな素材に最適なメンテナンス方法を選ぶことができます。
また、「一部分だけ色落ちした」、「カビが生えてしまった」、など、さまざまなトラブルにも対応していますので、バッグのメンテナンスでお困りなら、ぜひ、クレアンにご相談ください。

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