いま、改めて「オシャレ」の楽しさを考えてみよう

いま「オシャレ」の概念が変わった??


2020年、新型コロナウイルス感染症の世界的な流行によって、私たちの生活もガラッと変わりました。

外出しないでテレワークしたり、学校の授業もオンラインで受けたり、パーティや宴会も自粛して、音楽イベントやコンサート・ライブも開催されなくなって、舞台も延期、映画館に行くこともためらわれ、髪が伸びても美容室もなるべく避けて、ショッピングのため人混みに出ていくこともしないように気を付けて、どうしても外出が必要な時はマスクを必ずつけていく…。

とにかく「人との直接の接触」を極力減らして、マスクや消毒をして、ウイルス感染症に罹患(りかん)しないように!

ということを国や自治体が指示して、日本に暮らす私たちも、2020年から精一杯、そのように心掛けていますよね。(2021年4月現在。)

でも…たぶん、オシャレを楽しんでいたひとたちは、こう思ったのではないですか?

「オシャレが、つまらなくなった…」と。

それでも、オシャレを「やめる」べきじゃない

感染症対策のため、マスクで顔は隠れてしまうし、どんなに素敵なスーツや可愛いワンピースを着ていても、なんだか心がわくわくしません。確かに「オシャレな格好」としては台無しですよね。

出かける機会も減ったしマスクも必須だし、いまはオシャレがつまらない、という気持ちは、オシャレ好きの人なら性別年齢問わず、みんな感じていることでしょう。

ひと昔前(1990年ごろ)までは「ひとは外見より中身」と言われていて、外見で他人を判断すべきじゃないし、自分自身のことだって「ボロを着てても心は錦」というような考え方がありました。

つまり、「どんなヒドイ格好をしていても、見た目よりも人格そのものや知性が大事だよ!!」
という世の中の風潮があったのです。

しかし、ここ10年ほどはそんな考え方も廃れて、「外見・身だしなみを整えるのは大事、自分の見た目だって、どうするかは中身の人格が決めることだからね」と言われ、
「人は外見だって大事。ある意味、人生の9割くらい外見の良し悪しで決まってしまうよ。就職面接や受験に、ボロボロの格好で行く人は論外でしょ?」
というふうに考える人が増えました。

実際、世の中の人は、ここ最近10年ほどの期間、とってもオシャレでした!

昭和終わり~平成初期くらいまでいた「シミのついたエプロンをつけたまま近所のスーパーに外出する女性」や、「髭も手入れせず、サイズのあってないスーツを着て、食べこぼしで汚れたネクタイをしめたまま仕事に行く不潔な男性」のような人は、ほぼ見かけなくなりました。

でも、この新型コロナウイルスの流行で、世の中の「オシャレ」の勢いは、がっくりダウンしました。

「在宅ワーク」で、出勤しなくていいからパジャマのまま仕事。
「オンライン授業」だし、ジャージで授業を受ける。
「イベント・コンサート・ライブ・観劇・映画・お出かけ」もしばらくの間は機会がないから、オシャレな良い服は買わなくていいや!

そんな風に思うことも、たしかに実際のところ、増えましたよね。

それでも、いま、世の中の人が「オシャレ」をやめてもいい、と思いますか?
筆者は「『オシャレ』を、ぜったいにやめるべきじゃない」と思います。

『オシャレ』が世の中にもたらすもの、自分的『オシャレ』の楽しさ

筆者がかなり昔に読んだ小説に「赤い帽子」という短編ミステリ小説があります。(赤い帽子 著・有栖川有栖)警察小説で、最初に掲載されたのは大阪府警内のいわば「社内誌」だったそうです。

この作品では、若手の新人刑事さんである「森下刑事」というキャラクターが、なぜいつも、かなりオシャレな「アルマーニのスーツ」をバッチリ着て仕事するのか?という理由が語られます。(※彼以外は、そんな大仰なスーツを着て仕事をしている刑事さんはいないようです。)

たしかに見栄えはしますが、高価なアルマーニのスーツなんて、刑事さんという職業のヒトが本来、無理して着て仕事する必要はないのです。

この作品で「森下刑事」は、あえてアルマーニのスーツをいつもビシッと着ているのは、「若手で新人だけれど、刑事として、背筋を伸ばしてしっかり仕事に励むため、自分を鼓舞するため着ているんだ」というようなことを語ります。

カッコよくオシャレすると、自分の気持ちとしてもキリッと気合が入る!!
こんな風に、「森下刑事」と同じように感じたことがある方は、けっこう多いのではないでしょうか?
たとえば休日にだらっとして寝間着のままでいると、気分までだらっとしてしまう。
逆に、顔を洗ってきちんとした格好に着替えると、気持ちまでしっかりしますよね。不思議なものです。

そして、街でオシャレなヒトを見かけるだけで、「あのヒト、キレイ、かっこいい~」とうっとりしたことがある人もいるのでは?

オシャレすると自分の気持ちも鼓舞されるし、かっこよく、キレイにオシャレすれば、すれ違うヒトたちの目を楽しませることもできる。

ある意味、素敵な服を着てオシャレする、というのは、舞台に立った俳優さんのように、「自分のカッコよさ、キレイさを見て!」と、自分自身を表現することができるんです。
素敵な服を着てオシャレするのは、光で照らすように、パッとその場を華やかに、明るくしてくれ、着る人も、それを見る人も、わくわくさせるのです。

逆に、オシャレする人のいない世の中を考えてみてください。

みんな同じグレーの地味な服を着て、華やかな色の服を着る人もおらず、右を見ても左を見ても、実用一辺倒の作業着のような服を着ている社会。

戦時中のヨーロッパや日本をイメージするとわかりやすいでしょうか?

そんな暗い世の中なんて、絶対、断固イヤですよね!
現代の服飾文化、一流ブランドの服、オシャレなファッショントレンドは、少なからず、私たちの気持ちに彩りを添えてくれ、人生に華やぎをプラスしてくれているのです!

いまのように感染症が流行している困難なときにも、「オシャレをしない世の中」へと向かって欲しくないのは、そういうわけです。

人は、着るものによって心持ちをいかようにも、変えることができます!

これからの社会が、困難を乗り越えて明るいほうへ向かいたいのなら、ひとびとが明るい色の服を着て、ファッションとオシャレを楽しむことから、また始めれば良いのではないでしょうか?

私たちのオシャレの楽しさは誰にも、何にも、奪うことはできない!

いくら感染症が流行しようが、外出を自粛して家にこもっていようが、「オシャレ心」を持ち続けましょう!

おうちでだって、一張羅を着ていいのです。オシャレを楽しんで良いのです。

筆者が良くやるのは「自宅開催、観客ゼロのひとりファッションショー」です!

時間があるときに、全身がうつる鏡の前で次のシーズン何を着ようか考えて、手持ち服をコーディネートして、着てみるのです!
靴や帽子やバッグも、手持ちのものの中から服に合わせてバッチリ選び、よいコーディネートができた時には写真に撮って記録しておきます。

これがなかなか面白いもので、手持ちの洋服の新しいコーディネートを思いついたりします。
そして次のシーズン、そのコーディネートでオシャレして楽しむのです!
慌てて考えた組み合わせではないので、いつもより素敵なコーディネートでお出かけできます。

感染症が終息した世の中がいつ来てもいいように、オシャレの楽しさを忘れないようにしましょう。

私たちの「オシャレの楽しさ」は、誰にも、何にも、ウイルス感染症にも、奪うことはできないのです!

この記事を提供しているクレアンは、高級クリーニングを取り扱うお店です。

オシャレを楽しむためには、きちんとした手入れが欠かせません。
いくら素敵な洋服を持っていようと、汚れたまま着ては台無しです。

クレアンは、一流ブランドの服やバッグをはじめ、靴、絨毯、布団、ウェディングドレス、 ダンスドレス、オーダースーツ、ダウン衣類など、多様な品のクリーニングと修理のご注文を受け付けています。

美しいファッションは、世の中を明るく彩ってくれます。
一流の洋服やバッグや靴でオシャレを楽しみ、手入れしながらこれからも永く 愛用しましょう。

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